30年前から異端児だった杉田隆二のインタビュー&実技披露。
若き日の着想は意外に現代的だった。

—空手なんだから、間合いとタイミングの駆け引きをして当たり前と考えますが、世界大会などになるとそんなことは意に介さずに、超然と自分のスタイルを貫く人が出てきますよね? すたすた歩いていって、いきなり投げの3ポイントを決める外国の選手を見たとき、こんなのあり? 空手と言えるの? と驚きましたが、でもすぐに、これに近い考えを既に主張している人がいたことに思い至りました。これからお話をうかがう杉田隆二先生です。

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杉田隆二先生

杉田「よろしく」

—先生は「歩く」ということを研究されていて、その始まりは、古武道を中心にこうしたテーマがブームになるはるか以前、もう30年近くも前のことですよね。しかも、独特の発想でつくりあげた組手によって、実際に競技で成果を上げています。全日本で優勝されたのは何年でしたか?
杉田「1978年。第6回全日本選手権大会だね。あまり、こういうことは言わない方がいいのかも知れないけど、当時ね、自分から攻めて取るってことがまだ出来なくて、攻めて来てもらわないとダメだった。もともと体育が苦手で、走るのなんか、ナショナルチームの中で一番遅いうえに、2番目に遅い人と差がついてたぐらいだから(笑)。自分から攻めたところで、反応されてやられるだけ。で、同じ頃、そんな僕の正反対のようなのを外国で大勢見た。アメフトの選手達ね。90kg以上あるのが100メートルを10秒台で走るわ、それで鈍いかといえばそんなことなくて、サイドステップは速いわで、これは同じようにやって勝てるはずがない、日本人の動きを入れないと、というのがあったな」
—そして、苦心の末に出来たスタイルがどんなものか、これから教えていただくわけですが、ちょっとその前に、今日は永田一彦先生の「五反田ワークアウト」に来ているので、ときどき降りてくるかもしれない天の声にも期待したいところですね。

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永田一彦先生

永田「天の声って、死んでる人みたいじゃないか、それ(笑)。まあ、でも、気づいたことは言うようにするんで、使えるものがあったら使ってください、という感じですかね」

受けは受け取る

—全日本の勝因は?
杉田「最初に『受けは受け取る』というひらめきがあったもんだから、ずっとそれでやってきた結果、今、こんな風になっちゃってるわけだけど。要するに、『受け』という言葉には、弾きとばすとか、ブロックするとかいう意味はなくて、ただ受け取るということなんじゃないか。相手が出てくるところを、スッと受け取るか、受け取れなければそのまま流せば良いんじゃないか、そういう考えでやっていたら優勝しちゃった。運動能力が低いのをどうすれば良いかというのがあって、一方で、体は大きく、ナショナルチームでは2番目の身長だったからリーチはある。懐が深いから受け取れたという面がひょっとするとあったのかも知れない」
永田「体が大きくて、手足が長い人が相手だと、皆出てくると思うんだよね。出てくるから早くしないとやられるって。でも、本当は待ってるわけですよね。攻めずに受けてる。そういうふうに、相手のいだくイメージと実際とが反対だとやり易いですよね」
杉田「そうそう。そういう気持ちにさせれば良いんだよね。だから、僕は絶対に下がらなかったもの。前に出てく。自分から攻めるためじゃなくても。当時は飛び込むってことが出来なくて、距離が出ないから相当に間合いが詰まってからじゃないと攻めなかった」

永田「こういうのがあるんですよ。メディシンボールを使ったエクササイズなんですが(下写真参照)。これって投げてるんじゃなくて、受けてるんですよね。しっかり受けないとボールを高く上げられない」

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メディシンボールをキャッチと同時に放り上げる

杉田「僕のもちょっとこれと似てる。受け取った力をそのまま相手に返すイメージだから、力を入れよう、入れようとするのとは違う。むしろ力をぬくために、意識して口元で笑うようにもしていた。口元が笑っていると肩の力みが無くなるんだよね、それでそれを見た相手が『こいつバカにしてるのか』って熱くなって前に出てきてくれると、ますますやり易くなる(笑)」
永田「どうやって力をぬくか。よくトレーニングは力を入れるものだと思っている人がいるけど、実はそうじゃなくて、力を上手くぬくという面もある」
杉田「力が抜けるのは、ある程度入れられるようになってからじゃないかと思うんだけど、この辺はどうなんだろう」
永田「どうやって力をぬくかっていうときに、うちの場合はまず数やらせます。重さを上げていくと怪我をしてしまうので、たくさん数をやらせるようにします。これをあんまりやっていくと、どんどんシゴキに近くなって、誤解されることもあるんですが。最初は力んでいても数が増えてくると、だんだん力むのは不可能になってくる。だから、必要なところ以外に力が入ると、もう出来ないという感じに持って行きます」
杉田「昔、千本突きとかやらされて、あんまり好きじゃなかったけど、意味があったのかも知れないな」
永田「ただ、本来の動きから外れていったらだめですよね。その点、さっきのボールのエクササイズなんかだと、高さを決めておいて、毎回そこまで上げなくてはいけないということにしておけば、もう誤摩化しようがないですから」
杉田「確かに、突きなんかだと疲れてきても、ちょっと形を崩せば、違う筋肉を使っていくらか余分に出すことはできる。でも、それではだめだと。なるほどね。実際、変な力の入れ方をする人は少なくない。手首を不自然に返してみたり。本来は、突きは真っ直ぐ手を出すだけでいいのにね。力強く見える突き、速く見える突きを意識しちゃうのかな」
永田「手首は返すんじゃなくて、返るんですよね、自然と。それを誰かが『手首を返す』と言い出した瞬間、もう別のものになってしまっている。返そう、返そう、とするんじゃなくて、実は、いかに充実感を無くすかなんですよね」
杉田「そう。充実感があるということは、自分の突きで疲れて、それに納得してしまっているわけだから。楽に突きを出せていれば納得は無いわけで」
永田「こういう話があるのね。日本に騎兵が出来た頃のことなんだけど。フランスの乗馬は楽な感じで乗っているので、見方によってはだらしなく見える。反対にドイツの乗馬はビシッとしていてかっこいい。形式的に美しいわけ。で、当時、日本では、騎兵だけはフランスのを入れてくれということになったらしい。ドイツのは美しいけど、とても長時間は乗っていられないってことで」
杉田「それ、わかるなぁ(笑)」

ノーモーション

—力をぬいて、前に出ながら、相手の攻撃を受け取る。これを実際にやるのは難しそうですね。特に、お互いに集中しきっている試合の中でとなると・・・。勇気がいるというか。
杉田「うん。一番まずいのは怖いと思うことだから、ガードの意識はその分高かった。怖いと思えばかたくなるし、そうなると受け取るどころじゃなくなるよ、確かに。それもあって、僕は対戦相手の前の試合を見ておきたいタイプだった。見ないでやるほうがいいって人もいるけど、自分の場合は相手を知っておくことで、蹴りに注意しようとか、左の上段をガードしようとか、対策というのかな、何が来るのか想像できるから前に出やすいっていうのはあった。相手選手の練習なんかも見てたもん。だからかなぁ、僕、監督上手かったんですよ。相手の弱点を見つけるのが好きというか」
永田「気持ちってありますよね。変に怖がらずに気持ちがノーモーションだと、ある程度身体の訓練をつんでいれば動きもノーモーションになってくるっていう。もう受け取る気持ちが出来上がっているわけでしょ。そういうつもりで前に出てこられたら相手は困るよね」
—ノーモーションということについても、色々工夫されたわけですか?
杉田「僕の場合、歩くということから入って行った。相手が反応しないように歩けるんじゃないかって。人が歩くのをじっと見ていた時期があって、あんまり見るもんだから、あぶない人だと思われたぐらいだよ」
—どう歩けば良いんでしょう?
杉田「普通の歩き方ではやっぱりだめだった。蹴って歩くっていうの? そういうのだと相手は反応してくる。ナンバというのが流行ったけど、僕のはそれとも違っていて、手足を同時に出そうとするのではなく、何て言うのかな、手は、脚が前に出るときの邪魔にさえならなければいい。そうすると結局、ナンバのような感じにはなるけどね」
永田「手の位置を、右手は右太ももの前、左手は左太ももの前というようにすると体の捻りがないから、背中側の緊張が生まれず、楽な姿勢になるんですよね」
杉田「うん。楽にスッと入っていける。ただ困るのは、力が弱いように見えるみたいなんだよな、これだと。だから試合ではうちの生徒は一般よりもシニアの方が成績が良い。なぜかって言うと、シニアだと弱そうな突きも取ってもらえるから。だから、確実にポイントを取れるようにするには、ある程度力を入れて型を行う必要があるのかもしれない。型でしっかり運動しておけば健康にも良いだろうしね。その上で力の抜き方だとか、工夫すると良いんじゃないかな」

奥の手で受け取る

—久場先生の「古伝の裏分解セミナー」はご覧になられましたか?

杉田「あっ、あれね。見たけど、すごく面白かった。崩す方向とかはやっぱり同じなんだなと思った。ほら、前に、JKFanで投げ技を解説したことがあったよね(『柔道技を空手式にアレンジ!』06年4月号)。そこでも、どこに崩すと倒れるかっていうのをやったけど、それと似た所があるって気づいたかな?

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相手の腕を崩れやすい方向へと導く(JKFan06年4月号p18より)

 相手の両脚を結ぶ線を底辺とする二等辺三角形の頂点に向けて落とすという原則。久場先生も型の分解を指導するときに同じようにしていた」

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久場良男先生の裏分解。何らかの型の中に出てくる動作

—分解の中に「受け取る」という感覚に似たものはありましたか?

杉田「似たものというか、面白かったのは、手刀受けでね、受ける方の手はどっちなのかって話が出たでしょ? で、一番嬉しかったのは、受けるのはこっちの手なんだよ、後ろの方の手なんだよ、って所ね(笑)。僕も受けるときは、手刀受けでも内受けでも後ろの方の手だもん。後ろの方で受けて、前手は肘関節を極めたり、そこから持ち替えて、四方投げや腕絡みに変化したりする」

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手刀受け。後ろの手で受ける

永田「後ろ側の肩甲骨の動きで、前の方の動きを作っているんだと思う。人間って、肩の位置で動きがほとんど決まってくるんですよ。だから、肩の動き方を見ることが出来れば、どういう風に動こうとしているのか解ってしまう。そういう意味では、相手からは見えにくい後ろ側を使って動きを作るというのは理にかなっている。伝統的な武術には、そういう工夫が沢山入っていますよね」
—ということは「受けは受け取る」のとき主に意識するのは・・・。
杉田「奥の方の手だよ。構えたら、奥の方の手に受けとる感覚を持って、それで前の方の手で突くというのが僕は多かった。それから投げ。ポイントを取ったおぼえがあるのは前拳のカウンターか、投げて上から突くかのどちらか。ほとんどそればっかり(笑)」
—杉田先生はそういうのを型から導き出したわけではないんですよね?
杉田「そうなんだよ。僕の場合は漢字が元だから。『受け』という言葉の意味を考えて、『受け取る』ってことにこだわった。こういうことをよくやる。『突き』の意味とかも、そう。自分で研究するのが好きだから、色々試して発見したら、僕はこう思うよと言って教えている。『思うよ』と言ってね(笑)。それで、日本人独特の動きを取り入れるというか、むしろ、空手にはそういうものが入っていて欲しいっていう、これはもうほとんど僕の願望になってます」

写真7:受け取る気持ちで先の先
受け取る感覚で相手に歩み寄り、前拳で上段突きを極める

写真8:受け取る気持ちで後の先
受け取る感覚で相手の攻撃を誘い、出てきたところを変形膝車で投げる

写真9:背刀&首のコントロール
後頭部への背刀の要領で相手の首を真下にコントロールすると変形膝車がかかりやすい

貴方も受け取ってほしい

—自分でも受け取ってみたくなってきたという人に何かアドバイスをお願いします。

杉田「キャッチボールと同じだと思えばいい。キャッチボールを手だけでやるんじゃなくて、体でやる。受け取ったら、戻る力で攻撃すれば良いし、受け取ったときに相手が崩れてくれれば投げに入れるし、逆技もとれる。受け取る感覚でいると、変に気持ちが前に出て行かないので相手の反応が鈍くなり、案外上手くいくんだよ。

 受け取ってからのバリエーションはいくつもある。ここでは、突き技ひとつに、投げ技ひとつ、それから、空手では型の分解でもしない限りめったにやらない立ち関節系の技を紹介するので参考にしてほしい。

 投げや逆技で大切なことは、相手が崩れやすい方向や、押すと痛い体の箇所をよく研究しておくこと。僕は人体解剖図なんかを見るのが好きで、そうやって得た知識が役に立っている。逆技は試合でやったら反則だけど、相手を痛めずに近い動きができるようになれば、使えないこともないんじゃないかな。

 あと、世界大会の映像を見て思ったのは、近づいたとき、日本人選手が相手を崩すケースが圧倒的に少ないということ。上体の力にかなりの差があって、受け取るだけだと押し切られるかもしれない。相撲なり柔道なりを取り入れて、少なくとも崩されずに済むような対策が必要だと思う」

写真10:受け取って腕がらみ
相手の順突きを受け取り、そのまま側面に歩を進めながら腕がらみ

写真11:内受け&自分の腕を握る
腕がらみは内受け(流派によっては外受け)の要領で相手の肘関節を折り曲げ、自分の腕を握るようにするとよい

写真12:受け取って四方投げ
相手の逆突きを受け取り、そのまま背面へと歩を進めながら四方投げ

写真13:外受け&腕を持ち替える
四方投げは外受け(流派によっては内受け)の要領で相手の肘関節を折り曲げ、最後に持ち替えるとよい。

−JKFan2007年10月号 特集記事より転載−